洋服へのこだわり、作り手の誇りを感じさせる服作りをおこなうブランド、フィグベルのデザイナー東野英樹。東野の創り出すプロダクトは彼の人間らしさを映し出す。クオリティーはもちろんのこと、流行に左右されない、ファッション性と実用性を兼ね備えたまさに身に纏う道具。その繊細で丁寧なクリエイションは、海外の著名デザイナーたちが来日する度に買い物に来るなど、厚い信頼を得ている。そんなコアな服好きたちを魅了し続け、長く人に寄り添う良質なプロダクトを世に送り出し続ける東野にとっての毎日を共にしたいモノとは。
「直感で単純に良いと思えるモノを選んでます。自分の好きなモノが自宅にあると、毎日目に触れることができます。そうやって好きなモノに囲まれることで、すごく幸せな気分になるんです」。東野は、毎日を共にしたいモノを選ぶ基準について、迷わずこう答えた。この直感から自然と選ばれた、彼の生活を豊かにするプロダクトは自身のクリエイションに通ずる部分がある。フィグベルの洋服は、身の回りのモノやコトから学んだことをインプットして、それらを独自の解釈でアウトプットする。それは視覚的に分かりやすくないかもしれないが、その微差の積み重ねが、服の内面的な部分で表現されている。それは人が袖を通して初めてそれぞれの個性に寄り添っていくのだ。「陶器や食器からは影響を受ける部分があるのかもしれません。一つのモノから和と洋の両方の雰囲気を感じたり。様々な要素が組み合わさった、その独特な雰囲気がモダンに感じるときもあります。なので服を作る際に意図してアウトドアとミリタリーを組み合わせたり、さまざまなジャンルを取り入れる感覚を楽しんでいます」。そういうように陶器や食器からインスピレーションを受けることもあるようだ。毎朝欠かさず飲むというコーヒーを入れるカップもそう。東野は、リチャード·バッターハムのマグカップを長年使い続けている。「リチャード・バッターハムのマグは、もともとリチャードが、かつて日本の陶芸家である濱田庄司と共に西洋初の登り窯を築いたイギリスの陶芸家、バーナード・リーチに師事していたこともあり、まさに西洋と東洋が絶妙にミックスされてる感じが好きなんです」。それは普段から自宅で食事を共にする食器などにも相通じる。「これは陶芸家である安齋賢太さんのお皿です。たまたまスタイリストの二村さんに教えていただき、購入しました。陶器に漆が塗られていて、独特な美しさに惹かれました。光り方が碁のようで、鉄みたいな質感がかっこよくて。でも形は洋皿の形という部分がおもしろい。この作家さんもイギリス人の陶芸家のもとで修行していた経験があり、和食器なのに洋のニュアンスを感じられるのが魅力です。ほかには、過去に僕のところで働いていて、現在は作陶も手掛けている佐藤陽介くんがプレゼントしてくれたお皿には大切な思い入れがありますね。テーブルナイフはフランス製のものです。斬れ味が良くて、シンプルなデザインが気に入っていたり、ウッドボウルは、果物やパンを入れたりして日常的に使ってます。コロナ禍で、自宅で食事することが多くなり、家での生活がより楽しくなりましたね」。流行やブランドで選ぶのではなく、東野が重要視するのはそれぞれのプロダクトの背景にあるストーリー。モノの本質的な部分が、自身がデザインするフィグベルの洋服作りにおける考え方と共通している。オリジナリティを大切にする東野にとってもう近く1つ感銘を受けたアイテムがある。それが浜名一憲の壺だ。「浜名さんの壺は、日本で個展をやられていた際に購入しました。インパクトある見た目に惹かれ、とにかく本物を見てみたいという衝動からずっと欲しかったんです。このフォルム、柄、圧倒的な存在感がすごく好きなんです。実際に展示と壺を見て、改めてオリジナリティの大切さに気づかされました。なのでそういう部分にはすごく共感できるところがあって。自分もそうでありたいですし」。東野は作り手の内面性を感じられるアイテムを直感的に選び、そしてそれらは自然と東野のクリエイションに寄り添っていくのだ。
前項で述べたように、東野が生み出すプロダクトは長く人に寄り添っていく。そして大切に使い続けるからこそ愛着が生まれる。そのマインドを感じさせる東野の長年のパートナーが、1982年式メルセデスベンツW123型だ。「もう10年近く、ほぼ毎日乗っています。これを買う前の車も9年乗っていました。あまり好きなモノが変わらないのか、でも好きだからずっと乗っています。アクセルを踏んだ感じとか、乗り心地がちょうど良いんです。新しい車だと機械っぽくて、スムーズすぎて、乗ってる感覚がしないじゃないですか。でもこれは運転しているという感じもちゃんとしますし、なによりもタフ。これ以上古いとコレクタブルになってくるけど、この車は日常的にガンガン乗っています。古すぎず、新しすぎない絶妙なバランスが凄く気に入ってますね」。もう1点は自身が作った靴の中で最も長く履いてるという1足。こちらは2012年に製作したブーツで、過去には海外の登山メーカーの靴にも使われ、現在は廃業してしまったタンナーの革を使用している。普段からほぼ毎日どんなときでも革靴を履いている東野にとって思い入れの深いモノだ。「この靴は昔のミリタリーシューズの形をもとに自分が偶然出会った革を使って作りました。気に入って8年間、直しながら履いています。僕にとっては万能靴です。もう1足ストックを持っているくらい愛着があるんです。ほかの革を使って何度かチャレンジしたんですけど、やっぱり上手くいかないんですよね。似た革はたくさんあるけれど、作ってみると全然違う。この革でしかこの表情は出せないんです。もう二度と作ることができないので、これは思い入れのあるモノですね」。そんな革靴をこよなく愛する東野の自宅のシューズボックスは、レザーシューズで埋め尽くされている。革靴と長く付き合い続けるのに欠かせない変わらず愛用し続けている重要なアイテムがある。それがドイツ製の100%天然素材で作られているタピールの皮革ケア用品だ。「ナチュラルで柑橘のような香りが気に入っていて、長年使い続けています。メンテナンスしている際に手についてもオイル特有の香りがしないので、嫌にならないですし。レザーのソファだったり、家具なんかにも使えるんですよ。工業製品が盛んなドイツならではのケア用品ですね」。
コロナ禍で自宅で時間を過ごす人が圧倒的に多くなり、それぞれの心地よい場所や手段を問われる時代。東野の生活習慣にも変化があったが、以前から自分の時間や空間での楽しみ方は決して変わらない。そんな自身の時間を快適にするアイテムの一つが、自宅や海外に行くときも必ず焚くというこだわりのキャンドルだ。「そのときの雰囲気や気分によって香りは違うんですけど、このシルバーのホルダーのキャンドルはトマトの香り。パリで購入したルプランスジャルディニエのものです。一番好きで昔からずっと使っています。もう一つ愛用しているのが、ニューヨークで出会ったD.S. & DURGAのキャンドル。シチュエーションやストーリーをコンセプトに作られたそれぞれの独特な香りがおもしろいんですよ。暖炉、雨上がり、ブレックファーストの香りだったり、そのときの気分で使い分けています」。こういったモノと向き合い、丁寧な時間を過ごす東野にとって毎朝、日の光を浴びながら好んで座っている椅子がある。それが山梨の家具屋を訪れた際に出会った、20世紀で最も影響力を持った建築家の一人であるアルヴァ・アアルトがデザインした1930年代最初期のチェア。滅多に目にすることができない、極めて希少価値の高いモデルだ。「偶然この椅子を見つけて、ただもうそれだけで心奪われて即買いしました。腰を掛けたときにちょっと後ろに沈む感じの座り心地が良くて素晴らしい椅子なんです。アアルトが好きとか、ずっと探してたとかじゃなくて、純粋に良いと思えるモノに出会った感じですね」。ほかにも気分が落ち込みやすい雨の日でさえも楽しみの一つに変えてくれるアイテムが、ビンテージのレインコート。イギリス製のものだ。「PVCの素材感とデザインがお気に入りのポイントです。これはもう見た瞬間かっこいいと思って、直感で買いました。裾周りを内側に折り込んでボタンで止めるとショート丈になるんですよ。襟元の肌に触れる側が起毛の綿素材になっていたり、理にかなってますよね。雨の日しか着ることはありませんが、日常的な洋服じゃないからこそちょっとコスプレっぽくなっても面白いんじゃないかと思うときがあって。最近雨の日は、それが楽しみの1つでもあります」。自分の好きなモノ、象徴するモノに囲まれながら毎日幸せを感じたい。そして、自分の基準判断で素直に良いと思えるモノが自然と生活に寄り添い、個性を生み出してくれる。東野の周りは、お金では決して買うことのできない、愛情が注ぎ込まれたもので埋め尽くされている。
東野英樹
2002年に設立したブランド、フィグベルのデザイナー。「NEW CLASSIC」をコンセプトに、普遍的なアメリカンカジュアル、ワークウエアを再解釈したアイテムを製作。パターンや素材、ディティールを丁寧に作り込み、長く人に寄り添う、人間味あふれるコレクションを展開している。
Photo Yuto Kudo | Text & Edit Shunya Watanabe |