Loading...

COLUMN about Life in Work 働いていなきゃ遊んでいてもつまらない

COLUMN about Life in Work 働いていなきゃ遊んでいてもつまらない

PM 5:36 – PM 8:21
4th September 2020 at TOKYO
From Morning
2 cups of Americano
2 box of Marlboro gold soft pack

 
若い頃は、一生仕事がしたくなくて、毎日遊んで暮らしたいと本気で思っていた。ときは90年代、ノストラダムスの預言がまことしやかに語られていて、そんなもん信じる訳ないじゃないかと言いながら、実は本当に世紀末に世界が終わるとしたら、あくせく働いて苦労したり、下積み時代を過ごすというのは時間の無駄なんじゃないかという話をチラホラと耳にすることがよくあった。若いうちから自分が将来何がしたいか、ちゃんと知っている人というのは少ないと思う。俺たちがなんとなく将来どうするか?と考え出した頃、世間ではとにかく大学を卒業して企業、それも大企業に勤めることが何よりリスクヘッジで、幸せな人生を送れる確率が高いと教え込まれていた。将来にやりたいことが何もなく、かつノストラダムスの預言にすがった俺はそうして世紀末までを、人の家とカウチとテントを駆使しながら、バイトで作った金を握りしめては物価の安い国を渡り歩きながら遊んで暮らした。6年ほどそんな暮らしをしてやっと気づいたことは、働いていなきゃ遊んでいてもつまらないということだった。学校があるから放課後が楽しかった。試験があるから終わったあとに開放感があった。ずっと遊んで暮らせるほど、俺の心は強くはなかったのだ。
 
さぁ働くぞと決心はしたものの、何をしていいのか、相変わらずさっぱりわからないままだった。興味があるものならたくさんあっても、それを仕事にしたいかと自問しても答えは出なかった。じゃあ給料の良さそうな定職を探すかとしても、雇ってもらえるかもわかる前に、なんか違うと手を引っ込める。バイトならあらゆるものに手を出した。体を動かしている仕事が好きだった。その間だけは何も考える必要がなく、働けば働くだけやったことが目に見える仕事が。そんな仕事の一つだったペンキ屋から海の家をやることになり、そこから本を作るという仕事につながり、気づいたら俺は編集や、ライターの仕事をするフリーランスになっていた。そして編集という仕事は今この世にある仕事の基本になるものと思っている。なぜならもうこの世には余程の天才でない限り、存在していないものを無から作りだすことなど不可能だからだ。あらゆるものが試され、存在している。そんな中で編集業というのは、あるものをまとめ、角度を付け、新しいものに作り変える作業。やり方というかその考え方を学ぶと、それはあらゆる仕事の基礎となり、内装やら、広告やらを手がけるのに役だった。
 
上司は欲しくない、朝から同じ場所で働きたくない、組織を維持するためにやりたくない仕事をしたくない。何をしたいかより、何をしたくないかが明確だった俺は、フリーランスという形で働くしかしかなかった。いつでも休みたければ休めるが、仕事がそのまま他に行ってしまうのが怖くて、休めないのがフリーランス。それからはずっと働き続けている。働きだしたとき、俺は友達の家に居候中で、初めて仕事で手にしたまとまった金で中古のマックブックを買い、それをカバンに詰めて自転車でいろんなところにいっては仕事をした。仕事相手の事務所にいって打ち合わせをしたら、その机の端を借りてそのまま仕事をしたり、メールはカフェで返信をまとめて書いて、どこかネット環境があるところまでいってまとめて送信したりしていた。ノマドワーカーの走りといえば聞こえはいいけれど、それなりに大変だった。資料を広げる場所もなければ持ち歩くのも大変。けれど仕事道具のノートと鉛筆、そしてラップトップさえあればどこでも平気だという妙なプライドがあった。それさえあればなんとかなる。人によって様々な仕事道具やスタイルがあると思う。会社に勤めていれば、道具やスタイルを選ぶことに制約もあるだろうが。まず道具でいえば俺にとって、それはラップトップとメモ帳、それにカバンだった。今では事務所があるし、資料を置いておく場所も、それを広げるスペースもあるが、いざとなったらなしでもできる、そういつも思うようにしている。場所がないとできない、あの道具がなければできないというふうにはなりたくない。それは編集やライターの特権でもあるのだけれど。書ければいいのだから。もちろん他の職種ではそうはいかないだろう。カメラマンならペンタックスの中判がなければだめだとか、決まったハサミを使わなければ思い描くように切れないというパタンナー。スケッチを描くのにステッドラーの鉛筆がないと描けないデザイナー。自分の仕事のクオリティを上げるため、または信頼感を大事にするのならば愛用の仕事道具というのは大事だと思う。
 
自分の仕事のやる気を高めるということに、仕事着もある。自分が考える個人の制服というやつだ。オンオフの境界が曖昧になってきた現代において、服装を変えることで自分の中のスイッチを切り替える人というのは案外多いと感じている。クールビズだ、なんだとカジュアル化が進んでいくうちに、逆に自分なりの制服を欲したりするようになるのだから人間とは不思議ものなのだけれど。けれども自分なりの仕事着というものを身にまとうとき、気持ちがそういうモードに入るのも事実だ。
 
仕事場、オフィスも同じこと。自分の気分が上がるもの、集中できる空間というのもそれぞれにスタイルがある。その場所までどうやっていくかという移動手段についてもそうだ。自転車で体を動かすことで、頭の中にある雑念を消し去るもの、車で好きな音楽を爆音でかけながら集中していくもの。働き場への道のりというのも、働くという行為の一部なのだ。俺は事務所にいくときはなるべく自転車に乗って行くし、仕事が溜まって頭の回転が止まらなくなりそうなときは車に乗る。エンジンをふかし、窓を開けて外の空気が流れ込むのを感じているうちに、窓の前に広がる景色に意識を集中している間に、頭の回転数が低下して、気分が落ち着いてくる。
 
俺たちの仕事も働き方も、この半年の間に変わった。変わったなどという簡単な言葉では表せない、激変したというべきかもしれない。人を集める仕事は、何か現実的なものじゃないと思えるくらいの仕事になった。繁華街のある大都市の中心は、人が避ける一番の場所となった。リモートとなり、高い家賃を払う場所のいいオフィスは不要となり、買い物をする回数は減り、それもオンラインで済ますことが増えた。そんな中、クリエイティブと呼ばれる仕事を生業にするものたちの環境は厳しさを増している。不要不急なものなのかと自問自答するものもいる。俺たちの作る服やもの、空間だったり、共有できる場というのは、命に直結するものじゃないと思われているのかもしれない、食事や水、雨露をしのぐ家に比べたら。けれどもそうじゃないと信じたい。創造的なもの、芸術や、美しいデザインというのは心の栄養であり、日々の生活に必要不可欠なものなんだと。たしかに世界は変わった。求められる音楽や絵はそのトーンを変えたかもしれない。身にまといたいと思う服は、派手なものより着心地のよい楽なものになったかもしれない。突然の変化に戸惑うことがあっても、俺たちはそこにアジャストし、ものを作るということを止めてはいけない。新しい時代は新しい人間を鍛えると宮沢賢治の詩にあった。俺たちは過去にとらわれることなく、新しい人間として前を向く。これからの世界を少しだけ良くし、楽しいものにするために。俺たちは準備しよう、自分の武器である仕事道具を磨き、空間を整えて。
 
 
 

野村訓市
1973年東京生まれ。編集者、ライター、内装集団Tripster主宰。J-WAVE『Travering without moving』のパーソナリティも、まもなく丸6年になる。企業のクリエイティブディレクションや映画のキャスティングなど活動は多岐に渡る。

Related article