イタリア生まれのデザイナーSofia Prantera(ソフィア・プランテラ)が、ロンドンでファッションレーベル「Aries(アリーズ)」を立ち上げたのは2012年。“Holms(ホームズ)”の創設者であるRussell Wa- terman(ラッセル・ウォーターマン)とスタートしたSILAS(サイラス)を売却した後のことだった。「当初はユニセックスブランドとしてスタートしたの。でも、全く受け入れられなかった。みんな、どこに位置しているかを決めたがるのね。でも、唯一受け入れてくれた国があるの。それが日本だったわ」。そう彼女が語るAriesも、今や新時代のストリートブランドとして知られるようになった。そんなアリーズの新エキシビションを引き下げ、11月末日彼女が日本に訪れた。今回はコラボレーターでもあるロンドンをべースにしたフィルムメーカーでフォトグラファーJoshua Gordon(ジョシュア・ゴードン)と一緒だ。
ミラノ、ロンドン、ベルリンを巡回して日本で開催されたエキシビションは、キューバを代表するラム酒ブランドであるHavana Club(ハバナクラブ)の協賛によって制作された写真集「BUTTERFLY」の作品展示を目的としたもの。キューバ・ハバナのストリートシーンにおけるドラァグやトランスジェンダーのコミュニティにフォーカスを当てたフォトグラフィックプロジェクトで、ジョシュアの創作テーマでもあるサブカルチャーを軸にキューバで没頭した記録を幻想的な作品を通して感じ取ることができる。日本でのエキシビジョン会場となったのは、神保町にある老舗古書店小宮山書店。通常の展示スペースに加えもう一部屋、小宮山書店オーナーの書斎を使い、写真やスクラップ、映像作品を展示し、さらには5階にあるバーサロン“書斎”でレセプションを行うなど、日本らしいノスタルジーとの饗宴が世界観をより引き立てた。「(小宮山書店のことは)よく知っているよ。だって、テート・モダンで開かれるブックフェアによく出店しているからね。日本の写真が好きな僕にとって、間違いなく一番好きな場所だよ」と初来日を叶え浮き立つジョシュアを見て、ソフィアは優しく微笑んだ。旧知の仲に見える2人だが、実は1年前に知り合ったばかり。「以前、ジョシュアのドキュメンタリーを見に行ったことがあったの。ハバナクラブからオファーを受けた時、一緒に制作したら面白いものができるとすぐにインスタグラムで連絡を入れたわ。お互いジャガロ(アメリカのホラーコア・デュオInsane Clown Posseの熱狂的ファンの総称)に興味を持っていたことも共通点ね。ファッションフォトグラファーではない視点が欲しかったのよ」と、きっかけはソフィアからのラブコールだったと明かす。一方ジョシュアは「すごく光栄だったよ。でも逆に、大きなプレッシャーも感じたんだ。ソフィアと仕事している人は世界的に有名なフォトグラファーばかりだから。それでも僕は長い間アリーズが好きだったし、とても嬉しかったよ」と話す。
ジョシュア・ゴードンが切り撮る
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![]() キューバ・ハバナの街並みやドラァグクイーン、アンダーグラウンドなシーンを撮影した写真集’BUTTERFLY’。
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女性のセクシャリティについて長年考えてきたというソフィアにとっても、ブランドにとっても“ジェンダー”は大きなコンセプトとなる。「ドラァグクイーンカルチャーを通して、厳しいルールのあるキューバを覗くことは素晴らしいアイデアだわ。それに、ジョシュアの作品の何が面白いかって、彼が撮影する女性像は非常に力強いのよ。特にヌードは心地よくて、被写体のセクシャリティを支配しようとはしていない。それは非常に稀なことよ。だからこそ、このプロジェクトにおける私の役割は、ジョシュアの純粋なクリエイティビティを保つことだったわ」と彼女はクリエイティブを全うできる環境を整えたという。そうして仕上がった写真を“昔のプレイボーイマガジンとセクシャルなお酒の広告をかけ合わせたような感覚を”とソフィアならではの紙へのこだわりや編集を施すことで、アンダーグラウンドで“オールドグラマー”な誰も知らないキューバの側面を浮き立たせた。「仕上がった後に、親友が『メジャーブランドが出資したとは思えない、面白い取り組みね』と電話をくれたの。何より名誉なことだったわ。アリーズというブランドが持つインディペンデントなスタイルを私は誇りに思っているの。時には政治的なことも必要な時はあるけれど、自分の本心で成し遂げたいことを実行しなければ強いメッセージは伝わらない。ハバナクラブがそうした自由を与えてくれたことに唯々、感謝してるわ」。
間も無く8年目を迎えるアリーズだが、確固たるストリートカルチャーの背景を持つソフィアのその拘りはものづくりにおいても同じく、イタリアンメイドを貫くその姿勢も他のブランドとのポジションを分かつものとなっている。アリーズを開始した、その出発点について、ソフィアは「サイラスを売却した後、アイデアを形にする手段を失ったことに気づいたの。でも、自分の名前を使って仕事をすることは違っていると思ったし、純粋に私と一緒に働いてくれる人たちのために仕事をしていきたいと始めたのよ」と振り返る。「私はストリート出身だし当然ロゴは大好きよ。私がローマ出身ということもあってグッチやアルマーニのような歴史あるブランドに引け劣らないアイコニックさが欲しかったの」と話すように、女性らしいがどこか力強さや格をも感じさせるロゴはソーシャルメディアを通じて世界的にバイラルに広がり、ブランドの認知を押し上げた。「でも、ロゴを使って人々の心を掴むことは簡単なことだけど、今人々は様々な物に触れ、ものすごい速さで消費している。プロダクトだけに執着するのではなく重要なのはアイデアよ」とストリートブーム全盛期からこのシーンで活躍し続ける彼女はブランドの在り方について問題定義する。「服で溢れ返っている今、ブランドがすべきことは服を提供することだけではないの。例えばインスタグラムを通じて顧客と繋がることができるし、世界観をダイレクトに提供できる。まるでメディアのような存在になっているわね。だからこそオリジナリティのある服だけではなく、私が創りたいと思うあらゆるアイデアを提供することでコミュニケーションを図ることが必要。ロゴはそれと同じように重要だけど、ただ単にロゴを載せることに何の面白みも感じられないし、アイデアを伝えるためのプラットフォームに帰属することが理想ね。その場合、服はもちろん、発信される表現全てが“ハイスタンダード”でなければ人々を魅了することは難しいわね。でも幸い、今回のプロジェクトもアリーズやジョシュアのことを知らない人までもを虜にしたわ。その事実が私にとってもブランドにとっても最も重要なの」。そう話し、最後に挑戦的な笑顔でこう付け加えた。「“ハイスタンダード”である限り、何をしても関係ないのよ」。
ソフィア・プランテラ
Ariesのクリエイティブディレクター。ロンドン発のストリートブランドとして人気を博すSILASの創設者としても知られ、スケートカルチャーをベースにストリートファッションシーンを牽引し続ける人物。
ジョシュア・ゴードン
ロンドンをベースに活躍するフォトグラファー兼フィルムメーカー。撮影した写真にコラージュやイラストを加える表現方法やポラロイドの使用など作家性の高い写真が特徴的。