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about My color, your color
Kunichi Nomura is a Japanese actor, writer, DJ, interior designer, and radio personality from Tokyo, Japan.
For Wes Anderson's Isle of Dogs, Kun is credited as co-writer and casting director, while lending his voice for the character of Mayor Kobayashi.

about My color, your color
Kunichi Nomura is a Japanese actor, writer, DJ, interior designer, and radio personality from Tokyo, Japan.
For Wes Anderson's Isle of Dogs, Kun is credited as co-writer and casting director, while lending his voice for the character of Mayor Kobayashi.


似合う色を探すことは、
自分を探すことと同じこと

 

世界は色で溢れている。モノクロームの写真に写る単色の世界も美しいけれど、現実の世界を作り上げているのは、それぞれのものが持つ圧倒的な色。幼かった頃のことを思い出してみれば、最初の記憶からすべては色に染まっている。果てしなく広がる空の青、そこにぽっかりと浮かぶ白い雲、風にそよぐ公園の緑、怪我をして初めて目にした鮮血の赤。そしてクレヨンで描いた絵。ありったけの色を使うのは、それが感情を直接的に表していた。そしてやがて色は特別な意味を持つようになっていった。ジャイアンツが好きならオレンジが好き、紺色は制服みたいで嫌い。思い出を辿ればそこにはいつも色があった、そしていつのまにか意識的に好きな色を身にまとうようになった。黒づくめの格好をしたり、派手な絞り染にはまったり。その時の気分で、その時の好きなもので。けれども色は、ただ現実界に存在するものだけじゃなく、自分の気分を表すものだけでもない。あらゆることが色には含まれているのだ。

 

俺が90年代にアメリカの高校へと留学したとき、東京ではアメカジがブームとなり、渋谷にたむろする奴らはみな古着のワークウェアを着ていた。リーヴァイスの501やデニムジャケットの年代物のタグを血まなこでチェックし、古ければ良いという簡単な方程式に乗っかって、よりレアなものを探し求めた。ブーツならレッドウィングのエンジニアブーツ、サングラスはレイバン。当然、アメリカに行く時、自分が持つ古着のコレクションの中で最良だと思うものを身につけてアメリカへと旅立ち、初登校の日には意気揚々と出かけていった。「お前の家は貧乏なのか?」「日本からはるばる来たのに金がないのか?実家は農家か?」それが、なんの疑問もなく投げかけられた最初の質問だった。古着の知識はそれなりに深く、ワークウェアのヴィンテージを着ることがお洒落だと思っていたところに予想だにしない言葉。ワークウェア、炭鉱夫や工場で働く男たちの服として生まれたデニム。その古い服を全身にまとう俺は、アメリカの高校生にとっては、本物のブルーカラー出身だと思われたのだ。そして高校に通い始めて、町外れのトレーラーハウスに住むホワイトトラッシュと呼ばれる数人たちも、みな一張羅の、親からもらったようなデニムジャケットを着ていることに気付いた。そして牧場主の息子や、会社で働く親たちはウェスタンシャツですら白のものを着ていた。オフィス族のホワイトカラーと、労働者であるブルーカラーの本当の意味を初めてしった瞬間だった。着ている服の色が、自分たちが誰かを表すものになる。子供の頃に知ったものとは違う色の意味。

 

もちろんそれだけじゃなく、肌の色の違いについても知った。わかったつもりでいても、あいつはホワイト、あいつは黒と、会話の節々にでてくる肌の色が、あらゆることを仕分けしていた。「あいつは白人だろ?」「いやちがう、黒人が少し入ってるから黒だ」そんな会話をよく聞いた。その逆もあった。「お 前は白人だろう?」「いや違う。 俺には黒人の血が流れていて、俺はそれを誇りに思ってる。白扱いしないでくれ」。自分のアイデンティをどこに持つか、そこに色が出てくるのだ。それまで意識したことがないこと、つまり自分がイエロー、黄色人種だと意識するようになったのも、自分たちを色で表現するものに囲まれる中で、自らを色で表すしかなかったからだ。それ以来、自分が日本人だと強く意識するのと同じように、アジア人だとも思うようになった。

 

旅行で寄ったロサンゼルスでは好きだったバンダナの色を注意するようにいわれた。90年代の頭、ストリートギャングが闊歩する治安の悪いという街がロス中には何箇所もあった。サウスセントラルやカーソン、コンプトンにワッツ。大通りの右側は安全でも、反対側は違う街で危ない。明治通りの左側は安全なのに、反対の表参道側にいたら人が銃で撃たれた、と考えると、それがどれくらい分かりにくいことかわかると思う。そのあたりには近寄るなというのが鉄則だったが、もしなにかの用があって出かけていくとなると、気をつけなければならなかったのが服の色だった。赤い色をシンボルカラーにするブラッズと、青をシンボルカラーにするクリップス、2つの大きなギャングが縄張り争いをし、その配下にある無数の支部がロス中の中で細かく小競り合いから、撃ち合いまでをしていた。その中で、とくに荒れた特定の場所では、それらの色を身につけることは自分がどのギャングに所属しているかの意思表示になってしまうのだ。ブラッズの縄張りの中では、青いバンダナもドジャースの青いユニフォームやキャップも被ってはいけない、青いネルシャツすらも。色は自分の仲間たちの色であり、それは家族であり、全てを表しており、そこに敵対するものの色を身につけてのこのこ出かけていけば、何かに巻き込まれても文句はいえない。ファッション雑誌のLA特集を見て、知らずに目深にバンダナを頭に巻き、ネルシャツでロスに来ることがどんなに危険なことなのか、理解している人はあまりいなかったと思う。危ないといえばDR.マーチンの靴紐もそうだった。パンクスに憧れたものなら誰でも一度はマーチンに手をだしたことがあると思う。クッション性のあるソール、硬い皮のブーツは形が自分に馴染むまで、あちこちに靴擦れをおこして不機嫌きわまりないのだけれど、それが馴染み紐で縛り上げたときのフィット感、あれに勝るブーツはない。けれどパンクスの写真を見ているうちに軽い気分でMA1にデニム、そしてマーチンに付属の黒い紐ではなく白に変え てあるものに憧れて同じ格好をしたりするときに、そこに違う意味合いが生まれることを俺たちは知らなかった。スキンズと呼ばれる彼らの格好の中で、靴紐の白は白人至上主義を表しているということを。服には色んなコードが含まれていて、それを知らないで身につけることは愚かなことなのだとちゃんと知っていなければならない。90年代に白い靴紐のマーチンでロンドンにいった知り合いは、当然のごとく向こうでスキンズに取り囲まれたらしい、「お前はこの意味を知っててやってるのか?」「おまえは何人だ?」と。

 

色には、その鮮やかさの裏に様々な意味を含んでいる。アウトドアの服に原色が多く、なぜもともと着やすい黒がないのか。雪山や森で、視認性を高めて遭難を防ぐ意味もある。ハンターの誤射を防ぐ意味も。黒は蜂を寄せ付ける色だから使われることが少ないと知ったのは、アウトドア製品を使うようになって随分あとになってからだ。逆に保護色として機能するものもある。森に隠れるグリーンや、カモフラージュ。カモフラージュはどこの国か、どの環境下によっても様々な色とパターンを使い着るものを周囲に溶け込ませる。東南アジアの密林に身を隠すタイガーカモ、ベージュを基本色にした砂漠用のデザートカモ。世の中に溢れる時代を表す色も、その状況によって変化していく。不景気や戦争状態のときは世相を表し、色も冷たい地味なものが多用され、景気が良ければ、色は鮮やかになる。
 
色とは情報なのだ。自分がどこに属し、何を感じ、好きか。その色をまとう者の情報を外へと映し出す鏡なのだ。朝起きて、無作為に選んだはずの服には、自分が想像するよりはるかに多くの情報が含まれている。自分とは何者なのか?自分に似合う色を探すことは、自分を探すことと同じこと。あなたにとって自分の色とはなんですか?

 
 
 
野村訓市
1973年東京生まれ。編集者、内装集団Tripster主宰。 J-WAVE『Traveling without moving』のパーソナリティーも務める。ウェス・アンダーソンの映画『犬ヶ島』の脚本、キャスティングに関わったことも記憶に新しい。

 
 

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