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about For the everyday
Kunichi Nomura is an editor, writer, and an organizer of the interior design group called Tripster, and has been a personality on J-WAVEʼs “Traveling Without Moving” for almost six years now. He works in a variety of roles from creative direction for companies to casting director for films.

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Kunichi Nomura is an editor, writer, and an organizer of the interior design group called Tripster, and has been a personality on J-WAVEʼs “Traveling Without Moving” for almost six years now. He works in a variety of roles from creative direction for companies to casting director for films.

どんなものを好み、身に着けるか?
そこにはその人の生き様や価値観が現れる

良い暮らしとか、ライフスタイルを語ると並んで、愛用品とかスタンダードという言葉が踊る雑誌や特集を見ると、俺はなんだか鳥肌が立つようになってしまった。基本的にそういうものが嫌いで、インチキくさいと俺の中の何かが警告音を発するからだ。別に人の暮らしや持ち物に興味がないわけじゃない。むしろものすごく興味があったし、ある。昔、マガジンハウスからリラックスという雑誌が出てきて、最近復刊で一号出たので俺も寄稿したのだけれど、おしゃれそうだという佇まいながら、中身は興味深いものが多かった。それは取り上げる人、アーティストだったりデザイナーだったり、スケーターだったりするわけだが、その人たちの背景を語ることに重きをおいた雑誌だったからで、ただ彼らが作った新作とかを掲載したり、それについてのインタビューなんていうものでなく(反対にそういうものは全くなかった)、そのものづくりの環境とか、周辺のコミュニティの人たちにコメントを取ったり、彼らの好きなものにフォーカスして特集を作っていた。まだまだ雑誌に力がある時代で、SNSがない時代、彼らの生活や人生、成り立ちを垣間見れるような構成に興味を持ったのだ。背景に移りこむ本棚の蔵書とか、好きな音楽とか、仲間のこととか。「なるほど、こんな人だったんだ!」とか「こんな家であんな絵を描いてるんだ!」とか。こちらが勝手に想像した通りのときはガッツポーズもので頷きながら読み、意外な面があれば、そうかそうかと頷きまくったものだった。たまに、背景を知って何だ…とがっかりする人もいたが。とにかく、そんな人の背景を特集する雑誌を人が見たがるのか?というのが基本的な世の中の流れのときに、リラックスはすごく面白く見れたのだ。特に当時は自分の家もなく、友達の家に居候するパラサイト生活を送っていたので、登場する人が思った以上に質素だったり、愛用品というものがまったくもって普通なものを見かけるたびに、そうこなくっちゃと勇気まで貰っていたような気がする。好きなイラストレーターが、例えばモンブランの高い万年筆じゃないと描けないというより、ビックのボールペンで十分と語っている方が、俺にははるかに身近に、そして納得できたりする話だった。スケーターは普通にそこらで売っているディッキーズを履いていたし、マジックにポスカを使っていたりした。もちろん人はこちらが想像するよりはるかに複雑で、意外性があったりするものを愛用したり気に入って使っていることもあった。意外な人が意外なものに反応してるんだなぁ、とか実際はそんなものを使っているんだとか。カメラマンはみなライカとか高いカメラを使っているのかと思いきや、ヤシカの安いコンパクトカメラを使っていたりして、急にそれがよく思えて欲しくなったり。ところがいつからか、人の裏側というかその生活やスタイルに重きを置くものが多くなるにつれ、愛用の持ち物とか家とかを特集するものが増えていった。それはSNSが発達し、自分の全てをさらけだすことで金まで生まれてしまうという時代になると、もはや当たり前のことになり。自分が必要にかられて愛用していたものや、居心地がいいと勝手に流行りを無視して作り上げた空間というものが金になるということが周知の事実となると、そのうちに自己満というか好きでやっていたはずのことが、人に見せるのを前提として作り上げるものになってしまった。雑誌なんかで家特集みたいのをやっていると、例えば数年前まで某イタリアブランドの家具で固めたガチガチの金持ちの家みたいのを出していた何とかクリエイターがいたとする。「一生物のクオリティです」なんて言っていたのが、次に誌面でみたときにはクラフト感全開の家になっていて家具は総とっかえ。一生物といっていたイタ公はどうなった?と誌面の向こう側に突っ込みたくもなる。マイスタンダード特集みたいのがあると、コンバースが流行っていたとすると「中学からずっと履いていてこれしか履きません」などとコメントしている人を見かけ、「たしか数年前は中学からニューバランスを愛用してると言ってなかったっけ」と首を傾げたりすることになる。スタンダードだの、愛用品というものはそんなにコロコロ変わったりするのだろうか?変わらないはずだ。愛用品とか、スタンダードというものがどこかで流行りものを包み込むオブラートのような言葉になってしまった。そして人は世間にさらけ出す、ありのままの日常と見せるといいながら、実は脚色された架空のノンフィクションを代わりにみせているのだ。
 
だから俺は人の持ち物とか、ライフスタイルを見せるものに興味が無くなってきたわけだ。そこには偶然も、意外性もない、あるのは筋書き付きの意外性だ。あの人が好きなものはなんだろう?昔感じた、ちょっと覗き見させてもらっているような高揚感はそこにはない。SNSをやらないとか、普段は取材に応じないみたいな人だったら面白いけれど、人に見せるのが前提の人たちの愛用品は基本、愛用品なんかじゃないのだから。そんな中で、編集やライターを生業の一つとする俺は、個人的にいろんなジャンルの人様のアトリエや私服を目撃することとなり、飾らない素の場面をたくさん見ることができた。撮影用に普段着ない服を着ているのではなく、写真を撮らないからとお邪魔した家やアトリエで。家で着ているシャツもシャルべなウェス・アンダーソンは、作風と合い過ぎでなるほどと思ったし、トム・サックスのアトリエの充電バッテリーが全てマキタ製なのをみたときは、日本製の素晴らしさの理解っぷりにぶち上がったりしたし、A.P.C.のジャン・トゥイトゥがかけていた黒縁のメガネがレイバンのウェイファラーに普通のレンズをはめ直したものだったのに気付いたときは、そうでなくっちゃっと拍手をしたい気分だった。誰もが自分たちが普段作っている作品に繋がるものをちゃんと愛用していたからだ。逆に初めて取材をするためにシュプリームの創業者ジェームスに会ったとき、すごいシンプルな格好をしていてびっくりしたこともあった。クラークスのデザートブーツが好きで、A.P.C.のデニムや45rpmを履き、プラダやラルフの無地のセーターを長く着るといっていた。以来いつ会っても愛用品が変わらないジェームスを見ていると、取材したときに聞いたもの作りの根底にある、ちゃんとした、長持ちする服を作りたいと言っていたことがより理解できるようなった。シュプリームも時代によってグラフィックの感じが変わったり、派手になったりするが、シェイプや作りはそう簡単に変えないし、スウェットひとつみても自分たちが好きだった昔のチャンピオンのような厚手のしっかりしたものを延々と作り続けている。ビジネスに成功したからといって、金さえ積めば買えるようなものを決して着たりはしないのだ。逆に自分の出発点や作るものからかけ離れたものを身に付け始めた時、その人たちのキャリアは下り坂になる。それが20年間人にインタビューし続けてきた俺が学んだことかもしれない。
 
どんなものを好み、身に着けるか?そこにはその人の生き様や価値観が現れる。流行りに乗っかったものをただ買うのか。素敵な生き方をしていますと偽るために身に着けるのか?本当に好きなもの、使えるものを身につけたいと俺は思う。人生一度きりなのだから。
 
 
野村訓市
1973年東京生まれ。編集者、ライター、内装集団Tripster主宰。JWAVE『Traveling Without Moving』のパーソナリティも、まもなく丸6年になる。企業のクリエイティブディレクションや映画のキャスティングなど活動は多岐に渡る。
 
 

PM 17:15 – 19:17
4th December 2020 at Tokyo
From Morning
3 cups of Americano
2 box of Marlboro gold soft pack

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