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about Creator’s EYE
Kunichi Nomura is a Japanese actor , writer , DJ , interior designer , and radio personality from Tokyo , Japan. Also, as a member of Miild Brunch, he held parties with creators from all over the world, and enliven from under the ground.

about Creator’s EYE
Kunichi Nomura is a Japanese actor , writer , DJ , interior designer , and radio personality from Tokyo , Japan. Also, as a member of Miild Brunch, he held parties with creators from all over the world, and enliven from under the ground.


 
僕らがまだ小さな子供だった頃、世界は無限の広さで目の前に存在し、自分たち自身は真っ白のキャンバスによく例えられるが、何にもまだ染まっていない無地の存在だった。あらゆるものが初めて見るもの、触れるものばかりで、興味深いものばかりだった。知りたいと願う欲求。虫が好きなやつは虫取り網を抱え、いつも図鑑で調べ物をしていたものだ。サッカーにハマったものは、数少ない海外サッカー番組に釘付けになり、BMXにはまったものは海外雑誌やビデオを擦り切れるまで見た。知らないことばかりの世界から早く脱出したかった。若い頃には自分が足繁く通った店があった人も多いと思う。やたらマニアックな店主が店番もしていて、行けば聞かなくても大量の情報を浴びせかけてくる人もいれば、ちょっとやそっとじゃ口も聞いてくれないが、認めてもらえればいろんなことを教えてくれる人もいた。随分といろんなことを名物親父と呼ばれるような店の人たちに教えてもらったが、なにより興奮させられたのが、その知識量とそれを語るときの熱量だった。
 
一体どのくらいの時間をかけ、どこからそんな知識を学んだのかは理解できなかったが、ネットのない当時、尋常じゃない苦労があったのは間違いない。プラモデルにはまったときに通った近所の模型屋。お兄さんの第2次世界大戦の知識は凄かった。おかげで俺はドイツ軍の戦車のモデル名から大砲の口径まで暗記してしまったし、ジオラマの本にまで手を出すうちに鳥山明の作品を発見し、周りがドクタースランプだ、ドラゴンボールだ、で大騒ぎしているときに一人ベクトルの違うリスペクトを作者に捧げることになった。急激に背が伸びて、成長痛に悩まされた小学生の俺が近所に見つけたスニーカー屋では、アメリカのスニーカー事情を必要以上に知ることになり、その後の買い物に支障をきたすことになった。膝が悪いというと勧められたのが、ナイキのこれから出る最新スニーカーの試作品流れがあるから絶対これだという初期のナイキエアー。エアーを閉じ込めたパックがソールの中に埋め込まれていて云々という話を聞けば、それ以外の靴を履いても膝の痛みは取れないだろうと信じ込まずにはいられない。だいたいそこでブルーリボン社がナイキになるまでの話も知ったりするわけなのだから。テイルウィンドのような形だったが、後に母親に汚いからと捨てられたことが、今でも悔やまれる一足だ。はたまたパンクの7インチレコードとかばかりあるスケート屋さんで、延々とバンドのエピソードを聞かされたあとに曲を聞かされたこともある。なるほどなぁと思うと、音が全く情報なしの頃とは違って聞こえてくるのは当たり前で、その上でそのバンドの板もあるぞと言われれば、欲しくて欲しくて寝れなくなったりもしたものだった。
 
俺の場合そうやって、自分が欲しいものや興味を持つものというものは、背景に長いストーリーがあったり、必然性を感じさせるものでないとダメなのだということに気付いた。そしてそのうちにどんな人がそのもの作りをしていて、どんな背景があるのかということに興味を持つようになり、それがいろんな人のアトリエを訪れてはインタビューするというライターへの道と繋がっていった。服でも家具でも映画でも音楽でも全てにおいてそうだが、作り手が情熱をかけ、ありえないような長い時間をかけて作り上げたものが好きだ。自分が好きなものを堀に掘り、命を削るかのようにして生まれてくるものが。そしてそんなものたちを偏愛して、その素晴らしさを伝えようとする語り部のような店の店長たちも。
 
けれども忙しく、やたら色んなものを情報として見る毎日を過ごしているとそんな大事なことも忘れてしまったりする。文字や写真でばかりものを見て、実際の人や現場に出ていかないとだんだんとズレていくのだ。そんなとき、ちょうどこの原稿を書いているときに初来日から30周年記念を祝うツアーにDJハーヴィーが来日した。神に最も近いDJなどとも呼ばれる、ディスコからダブ、ハードロックにときにテクノまであらゆる音楽を分類するなんてヤワなことはせず、その場に最良の音を最高の順番で鳴らしフロアを沸かせ続けてきた男。50歳をとうに過ぎてるにも関わらず、今回も7時間以上のロングセットを披露し、入場料を払ったものにそれ以上の感動を与えるわけだからプロ中のプロなのだが、酒を飲みながらこんな話になった。「これだけ長い間回していて、いろんな人と知り合ってたら、結婚式だの記念の何かでタダで回してくれと頼まれることが多いんじゃないの?」と。答えは「俺は絶対にタダでは回さない」というある種意外な答えだった。いつもニコニコ、ワイルドで優しいハーヴィーなのに意外な返事だと思ったのだが、理由を聞いて納得した。「なぜならそれが俺の仕事だからさ。簡単にはやらない。人はDJを簡単に考えるかもしれないが、これが俺の仕事で、それで食ってる。プロの大工の友達にちょっと作ってくれとか頼むか?俺はもちろんDJが好きだし、誇りに思っているが、その代わりに俺は人生のほとんどを音に捧げてきたんだ。クラブで回すより、音を探している時間がはるかに長いことに皆気付かないんだよ。毎日毎日、人が知らない音、忘れられた音、それを何時間もかけて探してきたんだ、何十年もね。俺のギャラはクラブやパーティで回すことにじゃなく、そこまでかけた時間に払われているんだよ」思えば昔は誰がなんの曲をかけているのか調べるのも大変だった。回転するレコードの盤面を必死にみて文字を読みとろうとしたものだし、DJも時間をかけて見つけた商売道具を簡単に見せるわけもなく、スリーブを変えたりしてそれを防ぐものもいた。シャザムで簡単に曲をサーチするのに慣れ過ぎて、曲を探すのがどれだけ大変かということをハーヴィーの言葉で思い出した。と、同時にどんな簡単そうなもの、シンプルなものでもその裏には膨大な時間が流れていたりすることを。服でいえば先日、シュプリームの本が出版された。25周年記念だといわれて唖然としてのだが、ページをめくればそこにはつい昨日見た気のする広告や、スケートデッキの写真が並んでいた。最近ブランドを知ったもの、ボックスロゴばかりに気を取られているものはどう思うのだろう?初めてニューヨークのラファイエット通りにある店にいったときは、ただの街のスケート屋だった。ちょっと無愛想なローカルが働き、ローカルが溜まっていて、ちょっと入りづらいような雰囲気の店。それが街の新人アーティストと働き、アーティストとコラボし、やがて世界に他を見ない唯一無二のストリートブランドとなったが、その裏には長い長い歴史と物語がある。ただ手当たりしだいにコラボして、調子こけるほどビジネスは簡単じゃないのだ。本を見ていてそんなことも思い出した。シュプリームには売れ線の服しか買いにいかないという人こそ、本を買ってほしい。自分の大事なお金を使って買う服の、背景がどんなものを知ってからのほうが絶対に面白いはずなのだから。
 
ものが溢れる今だからこそ、そこにただ溺れることなく、ちゃんとしたものを見極めていきたい。その背景をより知りたいと思えるものだけを探していきたい。安いものでも高いものでも、意味があると思えるものだけを手にするべきなんだと思う。どこかの誰かが効率性だの生産性だのを気にして金儲けだけだけのために作るものより、大切な自分の金を使うことでサポートしているんだと思えるようなものを。それを探すために俺たちは街へと足を運び、人と語らうべきなのだ。
 
 
 
野村訓市
1973年東京生まれ。編集者、内装集団Tripster主宰。J-WAVE『Traveling without moving』のパーソナリティも務める。またMILD BUNCHの一員として世界中のクリエーターたちとパーティーを開き、アンダーグラウンドからシーンを盛り上げている。
 
 
 

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