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time and street art
OBEY CLOTHING

time and street art
OBEY CLOTHING

ストリートアートと時間の密接な関係

Left: オーストリア・ウィーンのタワーに出現したオベイ・ジャイアント。アートを長時間残すため、消されたりオーバーされないよう、人が近付きづらい場所を選んで描かれるのも、ストリートアートの魅力と言える。
Right: 街の看板に貼られたオベイのステッカー。描いたアートを“貼る”という短時間で完了するこの効率的な方法を繰り返し行うことで、シェパードは自身のアートを世界中のストリートに発信し、その存在を認知、浸透させていった。

 
 
ストリートアートは20世紀にアメリカで生まれた最も純粋で最も大きな影響力を持った芸術様式の1つである。「OBEY」ことシェパード・フェアリーはアメリカでストリートアートという文化の礎を築いた人物であり、彼の歴史と活動自体がストリートアートであると言っても過言ではない。
 
オベイの表現方法とスタイルは彼の生きてきた環境や時代、そして「時間」と密接な関係がある。
 
“André the Giant Has a Posse”というメッセージを伴ったシェパードの作ったステッカーが街に現れたのは1989年。アメリカではグラフィティが地下鉄からストリートに移り、どの街でも大きな社会問題となっていた。スプレーやマーカーを所持しているだけで逮捕されてしまうような社会となり、個人の敷地に侵入したグラフィティライターが強盗と間違えられ一般市民から射殺されるような事件も起きた。そのような環境下では長い時間が必要な表現は圧倒的に不利となるため、いかに短い時間でどれだけインパクトのあるイメージを残せるかが非常に重要となってくる。タギングを一つ打つよりも一枚のステッカーを貼るほうが早く、またスローアップやクイックピースを一つ描くよりも一枚のポスターを貼るほうが早い。早く事が済めば、一晩に街に残せる作品の数を増やせる上に、市民に通報されたり警察に追われる危険性も少なくなる。彼が30年以上の長きに渡って、法律やストリートでのトラブルによってアーティストとしての活動を制限されることもなく紙一重でかわしてこれたのは、彼の選んだ表現技法によるところが大きい。表現するための時間的なリスクを考えると、彼がステッカーやポスターを選んだことは賢明な選択だったと言えるのだが、残してきたステッカーやポスターが増えれば増えるほど街では洗浄や除去する対象となり、まともな形で残っているものの方が少なかったかもしれない。しかし、時を経て剥がされ朽ちかけたステッカーやポスターはコラージュ作品のように背景や周辺環境との絶妙な調和を生みだし、私たちが発見したその刹那、たった一つの作品としてその人の記憶に刻まれる。時に叙情的でありながら、朽ちても尚街で生きる人々の視界に否応なく映り込み、メッセージや疑問を投げかけ続けるオベイの存在が段々と輪郭を持ち始め、顕在化したイメージは人々の意識の中ではっきりとした認識へと変化していった。

パリ市長に認可され、制作されたストラビンスキー噴水の目の前の巨大ミューラル。ステッカーを貼り続け、アーティストとしての地位を確立した彼は、時間の制約を受けることなく、アート制作に専念できることとなった。

 
 
時間という条件と同様に、オベイのスタイルは環境や逆境、時世からも大きな影響を受けている。例えばオベイの代表的なアイコンと文字で構成された赤と黒と白のポスターは、特に好きな色だったとか、何か標榜とする事象があって選んだ色ということではなく、彼がポスターを刷るために通っていたKinkosでこのカラーのプリンターが無料で使えたからという現実的な事情があったし、オベイのデフォルメされたイメージが生まれたのは、あまりにたくさんアンドレ・ザ・ジャイアント*1のイメージを貼り続けたせいで、シェパードはアンドレの肖像権を持つWWEから訴えられてイメージを継続して使えなくなったという事情もあった。*2オリジナリティとは自己の利害や憶測から生まれるものではなく、達成したいと願う物事に対するその瞬間の誠実な対応から生まれたのだ。
 
また、シェパードがアメリカの政治や未来と真摯に向き合い、反戦主義者で民主党の支持者だったからこそ、オバマ前大統領の「HOPE」のキャンペーンは正しい方向に進むことができた。最近ではCOVID-19が世界に出現した直後に、医療従事者を支援するための作品を発表した。はじめは何も意味を持たなかったオベイという表現は、時を経るごとに政治や世界情勢などタイムリーなテーマを積極的に扱う影響力の強いメディアへと進化していった。それに伴いシェパードの表現方法は時間の制限を受けてしまうイリーガルなステッカーやポスターワークから、より高度な技術やディレクションを要するリーガルワーク:巨大ミューラル(壁画)や、オベイ・クロージングなど製作の異なる時間軸で人々に影響を与えることのできる媒体へと広がっていったのだ。
 
私たちは彼が89年から現在までに生み出した作品をどれだけ知っているだろうか?無許可で貼った莫大な数のポスターやステッカー、巨大なミューラル、ヘネシーの瓶、選挙のポスター、デザインを落とし込んだ洋服…その一つ一つ、それが断片だとしても、どんな形だったとしても、オベイは人々の記憶に刻まれ、その繰り返しによって私たちの意識に定着していった。たった一枚のステッカーから始まった壮大な物語は、時間という概念さえ凌駕し、アートの持つ影響力と可能性を私たちに教えてくれた。

*1:OBEYのモデルとなっているのは日本でも人気のあったアンドレ・ザ・ジャイアントというフランス人の巨人プロレスラー。日本でも知名度が高く、アントニオ猪木の好敵手であり、故ジャイアント馬場の親友であった。
*2:Graphic Design, Referenced:A Visual Guide to the Language, Applications, and History of Graphic Design
Bryony Gomez-Palacio, Armin Vit Rockport Publishers, 2009
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