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Interview with Rejjie Snow
Creator Interview about Life in Work

世界のクリエイターたちの
新しいワークスタイル

時代が変われば、それに伴って働き方が変わるのは世の常。オンラインが普及したことによって在宅勤務が可能になり、パソコンの画面で打ち合わせをするなんて一昔前であれば考えられなかったことだ。社会が少しずつ柔軟になることで、どんな場所で、どんな服で、どんな時間に、どのように働くかを考える必要も増してきた。クリエイティブに自分らしく働くためには、どういうワークスタイルにするべきか。ここでは、ファッションや音楽のシーンで活躍する世界中のクリエイターたちのワークスタイルに迫る。彼らのワークスタイルから新しい時代のヒントを感じ取って欲しい。

Interview with Rejjie Snow
Creator Interview about Life in Work

世界のクリエイターたちの
新しいワークスタイル

時代が変われば、それに伴って働き方が変わるのは世の常。オンラインが普及したことによって在宅勤務が可能になり、パソコンの画面で打ち合わせをするなんて一昔前であれば考えられなかったことだ。社会が少しずつ柔軟になることで、どんな場所で、どんな服で、どんな時間に、どのように働くかを考える必要も増してきた。クリエイティブに自分らしく働くためには、どういうワークスタイルにするべきか。ここでは、ファッションや音楽のシーンで活躍する世界中のクリエイターたちのワークスタイルに迫る。彼らのワークスタイルから新しい時代のヒントを感じ取って欲しい。

音楽、アート…手法を変えながら自身を表現する作品を生み出す
レジー・スノウ

学生時代にYouTubeへアップしたいくつかの楽曲が話題を呼び、2013年にリリースしたプロジェクト『Rejovich』ではカニエ・ウエストやJ.コールをiTunesランキングで上回り、マドンナのオープニングアクトも務めたラッパー、レジー・スノウ。2018年にリリースされた待望のデビューアルバム『Dear Annie』では、映画のようにキャラクターが変化、成長する過程が描かれたストーリー性ある全20曲で、世界中から大きな反響を呼んだ。リリース前からすでに高い人気を獲得していた彼のファンにとって、それは“長年待ったデビューアルバムがやっと届いた”という感覚だったのだ。だがアルバムが出てから1ヶ月も経たないうちに、彼は雑誌のインタビュー内で衝撃の発表をする。それは“デビューアルバムが「レジー・スノウ」としての最後のプロジェクトだ”ということ。あれから2年。彼は今何を考え、何を生業としているのだろうか。彼の現在のワークスタイルについて話を聞いてみた。
 

世界中のアーティストから
刺激を受けた音楽活動

世界各国でいろんな人生を生きてきたレジー・スノウ。アイルランドのダブリンに生まれ育ち、10代ではフロリダにサッカー留学、奨学金を得てジョージアの大学で映画も勉強していた。YouTubeに楽曲を投稿し始めたのは、フロリダにいた頃のこと。徐々に音楽活動に魅力を感じはじめていた彼は、大学入学後に音楽を仕事にすると決意。一学期で退学し、故郷のアイルランド・ダブリンへと戻る。「オレにとってダブリンは特別な場所なんだ。あそこはオレが一人前の男になった場所であり、すべてはそこに繋がっているからね」。アイルランドに戻った彼は音楽を無我夢中で作り続け、2013年には『Rejovich』が大ヒットさせる。ファンはアルバムをすぐに求め始め、彼はアイルランド、ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ロンドンと様々な街で色々なアーティストとデビューアルバム『Dear Annie』の制作を進めていった。当時の長いプロセスについて尋ねてみると、「あれはストレッチだった。『Dear Annie』を作るのは楽しかったよ。本当に色々な人たちと一緒に時間を過ごしていたからね。印象深いのはルイス・オブマンと一緒に仕事をしたとき。昼間は彼のパリのアパートで歌詞を書いて、夜は一緒にグラフィティを描いてた。完璧だったよ」という答え。世界中のアーティストとコラボレーションをすることで完成したこのアルバムには、モントリオールのケイトラナダ、ノルウェーのアナ・オブ・ザ・ノース、パリのルイス・オブマンとミレナ・レブランク、ポートランドのアミーネら錚々たる気鋭アーティストたちが名を連ねている。皆違う世界観を持つ彼らが、レジー・スノウの世界観も変えたことには間違いない。

 

プレッシャーのないアートで
ピュアな自分を表現する

世界中で大きな話題を呼んだデビューアルバムだったが、彼はリリース後、2年間新しい音楽を出していない。「正直言って、もうスタジオは好きじゃない。年に1、2回しかレコーディングしないし、スタジオへ行っても小さな調整をするぐらいかな」。十代でミュージシャンとしての道を選んだが、「ビジュアルがすべてだ」という彼にとって、今は音楽よりアートの方が熱心に取り組めるものなのだ。取材に訪れた時は、ちょうどロンドンのスタジオを片付けている最中だった。彼のアパートにあるそのスタジオは、ミュージシャンのスタジオというよりは画家のアトリエと呼んだ方が良さそうだった。キャラクターが描かれた大きなキャンバスに、ペンキや色ペンなどが整然と並べられたシンプルなアパートスペース。「作業する環境とスペースはなるべくミニマルでシンプルにしている。オレの想像力が空白を埋められるような意識かな。スペース周りはシンプルなものを置いているだけで、主にアート用品とパソコンがある。そして何が一番大切か忘れないように、家族の写真をいくつか」。必要なものだけを置き、ワークスペースが彼の想像力を膨らましてくれるように、飾り過ぎていない。


 
レジーがアートの世界に興味を持ち始めたのはティーンエイジャーの頃。匿名で政治的なコメントを道の壁に描いたアートが世界に影響を与えていることに衝撃を受けて夢中になり、ダブリンでは電車の側面や壁にグラフィティを描いていたという。そんな背景を持った彼は、今でもマーカーで自身のノートにさまざまなフォントでメッセージを書き留めている。それに加えて、スプレー缶でなく筆を手にとり、自身の頭の中で想像する世界をキャンバスに落とし込んでいる。ポップな独特のタッチが特徴だ。「夢で見たものを描いているんだ。特に何の意味もないけど、描くのが楽しいんだ」。ファンやレコード会社からのプレッシャーがかからないアートは、一番ピュアな彼が表現されているのかもしれない。そんなアート制作を行う時に欠かせないのがペインタースーツ。1年前から着ているというこの作業着には、さまざまな汚れやペンキが飛び散り、彼のアートへの熱意と作業の激しさを感じさせる。絵を描く度に、1日ずつ、一作ずつ層となったペンキの数々は、彼の色鮮やかな夢を具現化してきた作業の軌跡でもある。

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