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Eikoh Hosoe
(English & Japanese Edition)
Edited by Yasufumi Nakamori
Published by MACK

Eikoh Hosoe
(English & Japanese Edition)
Edited by Yasufumi Nakamori
Published by MACK

日本の戦後写真史を代表する
細江英公の主作品を網羅するアーカイブ本


 
燃え盛る炎の中で男が踊っているような、はたまたもがいているような赤い表紙。そこに文字はなく、この一枚の写真と装丁の少しまだら模様がかった紅蓮の色や質感のみでシンプルに構成されている。だからこそストレートに、この世ともあの世ともわからない重たい世界観が強烈に表現されている。本の背に刻まれた「細江英公」の名に気づくと、この表紙や一冊の本として表現される内容に納得がいき、期待を膨らませる人は少なくないだろう。
細江英公は、1950年代以降から日本の写真史を牽引し続ける伝説的写真家だ。細江は焼け野原と化した戦後日本において、舞踏や文学などをはじめとした芸術を写真というメディアで切り取り、そして写真表現自体も芸術領域へと押し上げた。写真プリントの美しさにもこだわり、かの森山大道は細江に師事してプリント技術を学んだという逸話も残っている。そんな細江が70年以上に渡って生み出してきた膨大な作品と活動内容が、この度一冊の作品集となって出版された。これは単に写真を観るだけでなく、戦後日本の美術史を知る上でも重要なバイブルだ。今回は特別に、本誌編集を行った中森康文(ロンドンのテート・モダン インターナショナル・アート写真部門シニア・キュレーター)に話を聞く貴重な機会を得た。
 
 

-まずは今回の作品集を制作した経緯を教えてください。

 
細江さんと初めて会ったのは、2006年に東京都写真美術館で行われた彼の個展の場でした。それから10年近くに渡って何度か会う機会がありました。細江さんは1999年以降、過去の仕事や作品を網羅する写真集を英語圏で出していなかったので、いつか出版の仕事をご一緒したいと思っていました。この本に関しては2019年ごろから動き出しましたが、出版社の選定から制作まで、ご本人ならびに御子息の賢治さんに全権を委ねられました。15年という時間と緻密なやり取りの積み重ねによる関係性があったからこそです。細江さんはこれまでに、田中一光造本デザインによる『鎌鼬』や、杉浦康平装丁デザインの『薔薇刑』など素晴らしい作品集を生み出してきました。だからこそ写真本の大事さを深く理解し、賢治さんと共に今回の制作に対しても惜しみなく協力してくださりました。
 

 

 
 

-本としての作りについて教えてください。

 
写真作品の本は一つの完結されたスペースであり、その中で写真とストーリーを表現するために緻密な写真構成・デザインが施されるわけです。過去に出版されたオリジナル写真集で、例えば100枚の写真を使って表現された作品を、今回の作品集の一部として25枚に厳選して同じ作品を、新しいデザインでどう醸し出すかを考えました。また、本はデザインされたプロダクトなので、装丁やカバー、写真の見え方を大きく左右する紙の質・重さなど何度も検証を重ねました。現代のネット社会において400ページの厚く重い本を作ることは、時代に反逆するところがあります。ましてやインターネットで多くのイメージを見ることさえできますが、素晴らしいモノクロ写真を美しいプリントで構成される本で見せるということは今の時代だからこそ意義があると思うのです。ロンドンの出版社Mack Booksのマイケル・マック氏と彼のスタッフと共に制作にあたりましたが、できあがったこの一冊は細江作品に対するマック氏の理解、作家と出版社の素晴らしいチームワークの賜物だと思っています。

 
 

一冊としての概要を教えてください。

 
細江さんが長年交流のあった舞踏家の土方巽と作り上げた『鎌鼬』の中でも紹介されてこなかった写真や、同じく舞踏家の大野一雄と作り上げた世界観を撮った写真、三島由紀夫と共に作り上げた『薔薇刑』、そのほか様々な美術家や文士、演劇化のポートレート、カラー写真でガウディの建築を人間の肉体のように写した作品など、細江さんの作家生涯のほぼ全貌がわかるように構成しています。また、各章のページ扉には本人が書いた作品説明の文章を載せ、写真と文章を同等に重要視して構成しています。三島由紀夫や瀧口修造、高橋睦朗など名だたる文士による細江論も再録し、読み応えもある内容となっています。私も冒頭に文章を載せておりますし、米国のパーフォーマンス・スタディー研究者クリスチィーナ・ヤンが細江作品をパフォーマンス論的観点から考察した書き下ろし論文も含まれています。
想定していた読者層は、20~40代の英語・日本語圏の若い人です。さらに写真だけではなくて、世界中にいる土方巽のファンや舞踏界の人たちといった写真から一歩出た世界の人たちにも細江さんの魅力を知ってほしいという気持ちを込めて作りました。三島由紀夫や瀧口修造といった文豪たちの作品も掲載することで、彼らの文章を世界中の若い人にこそ読んでもらいたいという思いもあるからです。当初の予定より100ページも増やすことに対応してくださったMack Booksには感謝しています。
 

 
 

-「おとこと女」の一枚を表紙に選んだ理由と、赤を基調とした装丁のこだわりを教えてください。

 
これまであまり取り上げられてこなかった土方巽を題材にした躍動性ある作品を表紙に選ぶことで、すでにある細江さんの本とはまた違うイメージを若い世代にアピールしたいと考えました。エンジ色に近い赤のカバーは、いくつかのカラーパレットと紙の手触りを含めて細江さんご本人に選んでいただきました。デザインはMack BooksのデザイナーであるMorgan Crowcroft-Brownが担当し、どっしりしたクラシックな装丁に仕上がりました。
 


 
 

-冒頭に「へそと原爆」「ヒロシマ」「ルナ・ロッサ」「死の灰」を持ってきた理由を教えてください。

 
戦前に生まれ、戦後に写真を学び始めた第一世代に細江さんがいます。焼け野原と化した東京や地方、日本の終戦の景色を生き抜いた世代でもあり、どのような形で戦後日本写真を開拓・表現していくかを方向付けたのが細江さんであると考えます。戦争の体験が細江さんの想像・行動・写真力の源になっているわけです。でもこれまで、海外ではその点に関して分析はされてこなかった。『薔薇刑』『おとこと女』や『鎌鼬』など著名な作品は海外でもよく知られています。今回の本ではすでに知られている細江作品ではなく、細江さんの源を探る作品、『死の灰』のように戦争の影響を表現した作品を冒頭に並べることで、細江さんの作家活動の核を表現できると考えたのです。
 

 
 

-細江さんの作家性を教えてください。

 
彼以前の世代には、木村伊兵衛や土門拳らドキュメンタリー作家がいます。彼らの作風はストレートフォトグラフィーとも呼ばれ、主観を入れずにそこにある被写体を撮ることを追求し、リアリズム写真と呼ばれました。対して細江さんは、戦後日本に突きつけられた近代化と伝統の二極が混じり合う複雑な時代性を、作家の主観を損なわずに芸術としての写真というメディアで表現しようとしたのです。目に見えるものをそのまま撮るのではなく、ご自分とその時間や場所を共有する被写体との関係性を作品にできるかを考え100%ストレートドキュメンタリーではない作品(主観的ドキュメンタリー作品)を作ることで細江さんのオリジナリティは生まれていきました。また細江さんは、ゼラチンシルバープリントやプラチナプリントなど印刷技術の美しさも追求しています。写真の物質性を尊重し活かすことで、単なる記録ではなくモノとしての写真芸術を扱っているのです。写真・写真家の社会的地位を向上する活動も担っており、例えば、写真作品の著作権保護期間の延長や、若い世代の写真家を育てるための教育機関の整備も精力的に行なってきました。
 

 
 

-本書にも収蔵されている土方巽と作り上げた『おとこと女』(1961)、『鎌鼬』(1971)の2つの写真集ですが、その違いや共通点をどう比較されますか?

 
10年近い時間を経て作られたこの2つの作品は、どちらも土方巽が被写体となっています。都内スタジオにて数夜をかけて撮影された『おとこと女』と、東京下町と秋田県羽後町田代の屋外ロケで撮影された『鎌鼬』は、日米安保条約の改定ならびに延長の迫ったそれぞれの時期に撮影されています。前者は都内や新宿で行われた条約反対のシュプレヒコールに簡単に同調するのではなく、細江さん自身の対抗・批判・前衛の気持ちを込めて作っています。例えば、コントラストが高く粒子の荒いプリントにそれらは現れていると論じることができます。後者はあえて東京から離れ、秋田の農村で伝説上の鎌鼬に変身する土方を追うことで、60年代後半の東京における安保条約更新・万博開催反対デモに対抗する戦後日本近代化のアンチテーゼとしてとらえることができると思います。とりわけ『鎌鼬』は、戦後日本写真の頂点にある作品といっても過言でありません。細江さんご自身の解説と瀧口修造の「鎌鼬」論に加え、撮影状況や背景に関しては、今回の本に収められている湯沢聡氏のエッセイに詳しく説明されています。
 

 
 

-「土方の身体を使った私自身の演劇やダンスを作ろうとした」と細江さんは土方巽と作り上げた『おとこと女』を説明しています。この写真集をはじめとし、細江さんの写真観が写真界に与えた影響を教えてください。

 
細江さんの写真観に関しては、氏の著作『ざっくばらんに話そう 私の写真観』(窓社、2005年)および『球体写真二元論 私の写真哲学』(窓社、2006年)に詳しく記されています。細江さんの「内部から燃え上がる『性』への渇望」を表現した『おとことおんな』は、「これでも写真か?」と当時は批判されるわけです。しかしなにを恐れることなく、その後も内容およびテクニックにおいて実験性の高い作品を作ることを一貫しています。彼の作品のストーリーに含まれるニュアンスのかかった政治性や、被写体の神話崩壊性、あるいは被写体との一体性などは、その後のパフォーマンスを対象にした作品を作る多くの写真家に影響を与えていると思います。写真家・写真愛好家だけでなく、デザイナーや詩人など多様な読者が細江さんの作品に影響を受けていることは間違いないです。
国内外における細江さんに対する再評価のきっかけとなるべく今回の本を作ったわけですが、本の副題「戦後日本写真のパイオニア」が示すように、彼の写真史および戦後日本の文化・芸術の発展における功績は絶大であり、これから様々な角度からますます評価や研究がされることを願っています。

 
 

-この一冊を編集するにあたり、細江さんの作品および人に対する新たな気づきはありましたか?

 
細江さんが作り込んだイメージの斬新性は、コンテンポラリー写真においても有効であり、作品のもつ造形性・ストーリー性、とくに被写体とのコラボレーションによってつくられる作品のそれらに太刀打ちできる写真家は日本にはいないと思います。世界的にも、英国王立写真協会が2003年に世界を代表する写真家七人の一人に細江さんを選んだように、文字通り20世紀における写真界の巨頭の一人である。暗黒舞踏、文学、美術、映画界における前衛芸術家との交流を通して半世紀以上にわたって作り上げた写真作品、戦後日本写真界におけるインフラ発展への貢献など、細江さんの存在なくして戦後の日本写真は成立しなかったといっても過言ではありません。細江さんは「なんでもやってみよう」をモットーに、戦後日本においてそれまで写真界では考えられなかったことを次々と成し遂げました。私の印象では、細江さんは素晴らしい決断・行動力を持った器の大きな人間であると同時に、人生を謳歌し、楽天的な一面を持っていらっしゃると思います。
 

 
 

-リアリズム写真や報道写真へのカウンターとして、細江さんや奈良原一高さんらVIVOメンバーの活動があると思います。被写体との関係性の上で表現を構築する彼らの作風は、ファッション写真に通ずる部分があると思いますが、その後のファッション写真家への影響は実際にあると考えられますか?

 
ファッション写真家への影響は大いにあると思います。1963年に300部限定で発行された本『ONDINE』では江波杏子をモデルにして「水の精」を題材にした幻想的なポートレイトを撮影しています。同年に撮影された「きもの」シリーズでも、それまでの日本の伝統たる着物のイメージを破壊し、跳躍的なイメージを作っています。それまでなかったポートレート作品を作る細江さんの姿勢とそのイメージは、80年代から始まる日本のファッション写真へ大きな刺激を与えたと思います。

 
 

-中森さんは過去に石元泰博さんや畠山直哉さんの作品集も手がけていらっしゃいますが、作家の個性を活かした作品集を作る秘訣があれば教えてください。

 
これまで展覧会のカタログという形で、日本人作家であれば石元泰博さん(『Katsura: Picturing Modernism in Japanese Architecture, Photographs by Yasuhiro Ishimoto』 2011 The Museum of Fine Arts, Houston)や畠山直哉さん(『Excavating the Future City: Photographs by Naoya Hatakeyama』 2017 Aperture)の本を作る機会がありました。前者はアカデミックなリサーチから、後者は作品・作家に対する傾倒から制作が始まりました。どちらにせよ、英語圏の美術館で誰の作品を収蔵・展示し、そして本を作るかは、どの作家を国際的な流れにのせる必要があるのかを慎重に考えるところから始まります。今回の細江さんの本は、展覧会の有無に左右されることなく独立した本として、長い間日本及び英語圏で読み継がれることを願って出版されました。出版社のMack Booksもこの想いに共感し、発行実現にこぎつけてくれたのです。

 
写真の可能性を限りなく押し広げ、戦後日本写真飛躍の土壌を作り上げた細江英公。写真メディアとしての特性を十二分に発揮させて様々な被写体や舞踊をはじめとした芸術表現を記録・昇華しつつ、写真自体の芸術性も確立していった。写真家として「生まれた時代背景を理解し、何を伝え、残していくのか」を彼は誰よりも強く意識しているのではないだろうか。日本だけでなく世界の写真史にも名を刻む1人の作家の生涯が詰まったこの一冊は、写真集としての枠を越え、100年先にも読み継がれるであろう書としても高い完成度を誇っている。
 
 
細江英公 1933年山形県生まれ。1950年代から現在まで写真家として活動し、戦後の日本写真史の筆頭として、写真の芸術的価値の確立や若手写真家育成など多大な功績を残す。
 
 
中森康文 テート・モダン インターナショナル・アート写真部門シニア・キュレーター。同美術館の写真部門ヘッドとして世界規模での写真史の流れを読み、コレクション構築と展覧会企画を仕掛ける。
 
 
EIKOH HOSOE
英語版と日本語版の2種
 
エンボスハードバック25 x 32.5cm、400ページ
¥9,900 (tax incl.)
¥11,000 (tax incl.) / SIGNED BY EIKOH HOSOE JAPANESE EDITION
ISBN 978-1-913620-24-0
https://twelve-books.com/products/eikoh-hosoe-by-yasufumi-nakamori-japanese-edition?_pos=1&_sid=b58561143&_ss=r

 
 
 

Interview & Text Yutaro Okamoto Special Thanks EDSTRÖM OFFICE

 

This article is included in

Silver N°15 Spring 2022

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