漆で作られるモノといえば、器をイメージするのが一般的だが、この作品は漆で作られたアート・オブジェである。宮城壮一郎は漆という日本の伝統的な技法を用いながら、様々なアプローチで作品を製作するアーティストだ。彼の作品に出会ったときのことをクリエイティブディレクターの南はこう話す。「作品がモダンなアプローチなのに、その作品を漆で作っているということに衝撃を受けました。漆を作る手間と工程をかけた完全なるクラフツマンシップから生まれるものが、こんなにもアートなのか。と、自分の持っていた漆の概念を変えられました(南)」。
宮城が漆と出会ったのは15歳の時だったという。
「僕が修行したのは、いわゆる献上品や、お寺や神社で祈りをする祭祀のための漆工藝でした。奈良時代や平安時代、室町時代に外交などの際に使われていたものが献上品といわれるものです。手間をかけて最高の素材で、日本の威信をかけたクオリティのものを作っていたんです。それはほかの国の人が真似できない技術なんですよね。1300年以上、脈々と受け継がれる技術に自分が関わった時には鳥肌が立ちました。精神や様式、歴史の長さ、パワー、エネルギ-があまりにも凄く、感動したんです。それは大衆のためのものづくりではないですけど、ものすごく歴史の深いものなんです。僕はそれを使命的に、ただただ辞めずにやってきました。
僕はその漆の技術に現代アートや美術の要素を含めつつ、新しい漆の領域を広げる仕事も行なっています。漆ができることが今100あるとしたら、あと億はあるんじゃないかと思えるくらい、まだまだ解明されていない素材だと思っていて、そこに面白さを感じています。木を削って漆を塗るストーリーは出来上がっていて、どういうものがカッコいいかというのは認知されていると思うんです。でも僕はそれ以上に漆を知るまでの大きなストーリーを考えています。そんな中で僕がやっていくべきことは、本物の漆をきちんと伝えていくことと、その可能性を広げていくことだなと思っているんです。歴史、漆、技法のアーカイブとしてきちんと伝えて、これは漆でないとできない仕事なんだ、ということを見せていきたいんです(宮城)」。
宮城はロジカルに作品を作り、作品のストーリーも構成している。そうしていくつかのシリーズを並行して進め、3年から5年の時間を費やして完成させていく。今回紹介する『南瓜(かぼちゃ)』もそういったストーリーの込められた作品だ。「アプローチの仕方が面白いですよね。手法は伝統的な工芸だけど、表現はアート。本来、漆は器など用途のあるものに使われるけれど、宮城さんの作品はアートとして存在している(南)」。
「これは乾漆の南瓜です。デッサンした南瓜を粘土で作って、それに石膏をかけて型を作り、麻布と和紙で覆って作りました。漆の性質上、1000年ぐらいはこのまま残っていくはずです。真っ直ぐに切られた蔕(へた)からは、この南瓜が人の手で栽培され、鋭利な刃物を用いて収穫されたことを知ることができます。時代の痕跡を残すことでこの作品は時代を切り取り、さらに神格化する。漆によって耐久性を持ち、この作品がその時代(平成と令和)の作品として歴史に残っていくことを願っています。1300年前に作られた法華堂(東大寺)にある仏像と、平成に作られたこの南瓜は同じような色や風合いをしています。何十年、何百年後に同時に発見された時、その二つが同じ漆を使って、同じような経年変化を辿っても、“異なる時代に作られたものである”ということを時代を超えて人々と共有するための実験的なプロジェクトでもあります。100年後にこれを見た人は次にどんな漆の未来を作るのか、そういう考え方です(宮城)」。自分が生きている間には解明できない新たな漆の可能性を探求していく。それが漆を歴史に刻むことに繋がるし、昔の漆職人たちも未来へのメッセージを作品に残してきたのかもしれない。そうして漆の歴史を今日まで繋いできたと思うと、この作品に深い歴史とロマンを感じる。漆の歴史はこれからどこまで続いていくのだろうか。
宮城壮一郎
宮崎県出身。15歳から漆工藝の世界に入り、沖縄や香川といった漆産地で修行をした後に独立。自身の制作活動に加え、文化財の修復なども行う。伝統に裏打ちされた技術をもとに、新たな漆の可能性を探究し続けている。
南貴之
ヒビヤ セントラル マーケットや自身のブランド、グラフペーパーのクリエイティブディレクター。その他数多くの店舗ディレクションやブランディングを手がける。本物を見極める審美眼は業界でも一目置かれる存在。
Select Takayuki Minami | Photo Masayuki Nakaya | Interview & Text Takuya Chiba |