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Art and Time Photography & Art
時間に対して向き合った写真とアート作品を知る

古今東西、数々の作家が「時間」をテーマに作品を発表してきた。人々の生活において重要なものである時間。時間に追われて生きるのか、時間を操って生きるのか。様々な感情を巡らせるこのテーマに対して作家が作品を発表することは必然的といえる。
一瞬の出来事を収める写真もまさにそうで、ストレートフォトグラフィーは、切り撮られたその瞬間を観ることで感情が揺さぶられるもの。アートもコンセプチュアルに時間を題材にした作品は多い。そういった時間と密接な作品を鑑賞することは、時間と向き合うきっかけにも繋がるはずだろう。PART6では、そんな時間を捉えたストレートフォトグラフィーとアートを紹介する。

Art and Time Photography & Art
時間に対して向き合った写真とアート作品を知る

古今東西、数々の作家が「時間」をテーマに作品を発表してきた。人々の生活において重要なものである時間。時間に追われて生きるのか、時間を操って生きるのか。様々な感情を巡らせるこのテーマに対して作家が作品を発表することは必然的といえる。
一瞬の出来事を収める写真もまさにそうで、ストレートフォトグラフィーは、切り撮られたその瞬間を観ることで感情が揺さぶられるもの。アートもコンセプチュアルに時間を題材にした作品は多い。そういった時間と密接な作品を鑑賞することは、時間と向き合うきっかけにも繋がるはずだろう。PART6では、そんな時間を捉えたストレートフォトグラフィーとアートを紹介する。

Time/Timeless/No Time,2004  Walter De Maria
Photo:Michael Kellough
https://benesse-artsite.jp/art/chichu.html

 
 

恒久展示における時間の意味

 同じ作品を長い年月制作し続けたモランディやOn Kawaraは、時間を味方につけ自らの作品に取り入れていたわけだが、神が人類に平等に与えくれた時間は、芸術界においてはその使い方や取り入れ方も実に様々だ。これから紹介するのは、ある特定の場所から動かせないことによって、時間の経過とともにその価値が高まっていった芸術作品を代表するものといえるかもしれない。
 
 そのぶっ飛んだ作品を見ることができるのが、On Kawaraが住んでいたソーホー地区のウースター通りに面したビルの二階だ。展示スペースとなっているのは、このエリア特有の住居用のロフトビルで、その建物の入口には、「The New York Earth Room,1977」という簡素な案内プレートが掲げられている。それがまさにこの作品のタイトルであるのだが、ドアを押してグレーに塗られた階段を登って行くと、やがてなにやら湿っぽい匂いがしてくる。さらに奥に進み最初のコーナーを曲がると視界を埋めつくように眼前に広がるのが、床いっぱいのもの凄い量の湿った土が敷き詰められているという異様な光景だ。
 
 深さが50~60cmにも及ぶだろうか、真っ黒な土(総重量は127,300キロにもなるという)がなにもない空っぽの部屋の隅から隅までぎっしりと盛られているのだ。しかもこの空間というのが思いのほか広大で、窓のすぐ下まで土がこってりと盛られ、それを煌々と裸電球が照らし、ところどころに小さな草も生えていたりする。窓にカーテンがないため外の景色を見ることができるが、基本的には観客たちは土の湿った匂いを嗅ぎながら、二ヶ所のヴューイング・スポットからその謎に満ちた黒い土と白い空間を見るわけである。
 
 このアート作品が設置されたのが1977年のことで、その時点から現在に至るまで優に40年以上も継続し展示されてきたのだが、これを手がけたのがウォルター・デ・マリアというアーティストだ。自然と人間との関係性や、アートそのものの意味をも時を超えて問いかけるような作品であり、展示会場となっている建物が存在する限り、今後も半永久的に展示され続けていく。そして、このアーティストによるもうひとつの有名な作品が、ニューメキシコ州のカトロンに常設してある「ライトニング・フィールド」だろう。
 
 これは、先端を尖らせ磨き上げた400本のステンレススチールの棒状のポールを、大平原に等距離に長方形の格子となるように配置したアート作品なのだが、この辺りは雷(ライトニング)が多発するエリアとして知られる。そして、ここでなにが起こるかというと、尖塔に落雷する際の閃光や轟音を観客たちが体験することができるというもの。しかし、観客たちは雷が起こる特定の時間に、その場で危険に直面しながら見る必要があるため、観客も緊張感やリスクを持って臨むような作品でもあるのだ。

Time/Timeless/No Time,2004  Walter De Maria
Photo:Michael Kellough
https://benesse-artsite.jp/art/chichu.html

 
 
 ところで、この鬼才ウォルター・デ・マリアの作品をここ日本でも体験することができることをご存知だろうか。香川県直島の地中美術館に常設されている「タイム/タイムレス/ノー・タイム」と題された2004年の作品がそれだ。安藤忠雄による打ち放しコンクリートによる神殿のような空間の中央には、黒い花崗岩でできた大きな球体が置かれ、それを囲むように27の金箔を施した木彫が部屋の四方に置かれているというものだ。この空間には人工的な照明が一切なく、天窓からの自然光が差し込む室内は、一刻一刻の時間の経過によって、その様子が少しずつ変わっていくというものだが、作品のタイトルが示すとおり、これもまた時の経過ということを考えさせる作品なのである。
 
 自身や作品のことをほとんど語ることはなかったウォルター・デ・マリアは、生涯手がけた作品数も極端に少なく、造形的にも思想的にもとにかく神秘的なアーティストだ。デ・マリアの作品は、前述したようにどれも設置された場所に実際に赴いて、直に体験するしかないわけだが、同様に人がほとんど行かないような場所に、あえてアート作品を恒久的に設置していったことで知られるのがドナルド・ジャッドだ。現在MoMAで大規模な回顧展が行われているほど、20世紀後半にアメリカで誕生したミニマリズムを代表するアーティストである。

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